目次
前回は「認知症ってどんな病気?」という素朴な疑問について簡単に解説しました。
今回は、認知症の中で最も多いとされるアルツハイマー型認知症について、その原因から症状、現在の治療法、そして予防のために私たちができることまで、詳しく解説していきます。
アルツハイマー型認知症とは?脳の機能が徐々に失われていく病気
アルツハイマー型認知症は、脳の神経細胞がゆっくりと変性・脱落していくことで、記憶力や判断力といった認知機能が徐々に低下していく進行性の病気です。「認知症」という言葉は聞いたことがあるかもしれませんが、アルツハイマー型認知症は認知症の約6割~7割を占めるといわれています。
日常生活に支障が出てくるほど記憶障害が進行していくため、ご本人だけでなく、ご家族や周囲の方にとっても大きな負担となることがあります。しかし、アルツハイマー型認知症について正しく理解し、適切な対応をとることで、進行を遅らせ、より穏やかな生活を送るためのサポートが可能になります。
アルツハイマー病の原因:アミロイドβ(ベータ)とタウたんぱく質の蓄積
アルツハイマー病の根本的な原因はまだ完全には解明されていませんが、現在有力視されているのは、脳内にアミロイドβと呼ばれる異常なたんぱく質(毒性があるたんぱく質)が蓄積し、神経原繊維変化と呼ばれる現象が起こることです。
アミロイドβの蓄積
アミロイドβは、通常は体内で分解・排出されるたんぱく質ですが、アルツハイマー病の方の脳内では、このアミロイドβが凝集し、「老人班」と呼ばれる塊になって蓄積します。この蓄積が、周囲の神経細胞を傷つけると考えられています。
神経原繊維変化
神経細胞内には、微小管と呼ばれる構造を安定させる役割を持つ「タウたんぱく質」が存在します。アルツハイマー病では、このタウたんぱく質が以上にリン酸化され、ねじれた繊維状の塊(神経原繊維変化)となり、神経細胞の機能を障害すると考えられています。
アルツハイマー型認知症の症状:記憶障害から始まり、多様な症状へ
アルツハイマー型認知症の初期症状として最も多く見られるのは記憶障害です。特に最近の出来事を忘れてしまう、同じことを何度も尋ねる、物の置き場所を忘れるなどの症状が現れやすくなります。
病気が進行するにつれて、記憶障害はさらに悪化し、昔の記憶も失われていくことがあります。その他にも、以下のような様々な認知機能の障害が現れます。
認知機能の障害
- 見当識障害:時間や場所、人が分からなくなる
- 実行機能障害:計画を立てる、段取りをつける、問題を解決するといった能力が低下する
- 言語障害:言葉が出てこなくなる、物の名前が分からなくなる、人の話の理解が難しくなる
- 視空間認知障害:立体的に物を捉える、地図を読む、方向感覚などが鈍くなる
- 判断力・理解力の低下:物事の良し悪しが判断できなくなる、状況理解が難しくなる
また、認知機能の障害が進行すると共に、精神症状や行動の変化が見られることもあります。
精神症状や行動の変化(BPSD)
認知症の初期段階では、自分がもの忘れをしたことや、昨日はできたことが今日はできない不安や焦りを自覚しているといわれています。記憶力の低下、理解力の低下、実行機能の低下、失語・失認などにより、本人の気持ちに不安や不快が生じることで、精神症状や行動変化が起こるといわれています。
- 抑うつ、不安
- 易怒性(怒りっぽくなる)、暴力
- 幻覚、妄想
- 徘徊
- 睡眠障害
精神症状や行動の変化は本人が伝えたいメッセージ
暴力的な行動、徘徊行為、幻覚や妄想による訴えは、介護に関わるご家族にとっては「問題行為・迷惑行為」に映ってしまうかもしれません。
しかし、もし、あなたが言いたい言葉も思い出せずに、周囲が自身の我慢できない不快感に気づいてくれなかったら、どのように行動するでしょうか?おそらく不安や不快から似たような行動を起こすかもしれないことは想像できるかと思います。
精神症状や行動の変化(BPSD)は、本人にとっては意味があり行っている行動で、言語にならないメッセージを伝える行動といわれています。
ワンポイントアドバイス
認知機能や精神状態・行動などの異変に気付いた場合は、その日時と行動や変化をメモしておきましょう。不安や不快を一刻でも早く取り除き、平穏な環境の提供に繋げましょう。
アルツハイマー病の治療薬:進行を遅らせる薬と症状を和らげる薬
現在のところ、アルツハイマー病を根本的に治す薬はありません。症状の進行を遅らせたり、精神症状や行動症状を和らげたりするための薬が用いられています。
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進行を遅らせる薬(認知機能改善薬):
- アセチルコリンエステラーゼ阻害薬: ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンなどがあり、脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を抑え、認知機能を改善する効果が期待されます。
- NMDA受容体拮抗薬: メマンチンなどがあり、脳内の神経細胞の過剰な興奮を抑え、認知症の進行を遅らせる効果が期待されます。
- 近年では、アミロイドβに対する抗体医薬が登場しており、早期アルツハイマー病の進行抑制に一定の効果が示されています。
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症状を和らげる薬(対症療法薬):
- 抑うつ症状や不安に対して抗うつ薬や抗不安薬
- 幻覚や妄想に対して抗精神病薬
- 睡眠障害に対して睡眠導入薬
- 興奮や易怒性に対して気分安定薬
これらの薬は、患者様の症状や状態に合わせて、医師が慎重に選択し、投与量を調整します。薬物療法だけでなく、非薬物療法も重要な役割を果たします。
アルツハイマー予防のための食生活:バランスの取れた食事が基本
アルツハイマー病を完全に予防する方法はまだ確立されていませんが、生活習慣の改善がリスク軽減につながる可能性が示唆されています。特に、食生活は脳の健康に大きな影響を与えるため、日頃から意識することが大切です。
- バランスの取れた食事: 炭水化物、タンパク質、脂質をバランス良く摂取し、ビタミン、ミネラル、食物繊維も十分に摂りましょう。
- 抗酸化作用のある食品: ビタミンC、ビタミンE、ポリフェノールなどを多く含む野菜や果物(ベリー類、緑黄色野菜など)、ナッツ類などを積極的に摂りましょう。これらは、脳の酸化ストレスを軽減する可能性があります。
- DHA・EPAなどのオメガ3脂肪酸: 青魚(サバ、イワシ、サンマなど)に多く含まれるDHAやEPAは、脳の神経細胞の機能を維持するのに役立つと考えられています。
- 地中海食: 野菜、果物、魚介類、オリーブオイルなどを中心とした地中海食は、認知症のリスクを低下させる可能性が示唆されています。
- 過剰な糖分・飽和脂肪酸の摂取を控える: 血糖値の急激な上昇や、動脈硬化の原因となる飽和脂肪酸の摂りすぎは、脳の血管にも悪影響を与える(血管性認知症に繋がる)可能性があります。また、糖を分解することで知られているインスリンは、脳内にあるたんぱく質アルブミンβの分解とも関係しているとの研究報告もあり、過剰な糖分摂取は脳内にアルブミンβの蓄積を早める可能性もあります。
食生活だけでなく、適度な運動習慣、知的活動、社会とのつながりを持つことも、認知症予防に重要であると考えられています。
アルツハイマー病と診断されたら:周囲のサポートが何よりも大切
もしご自身やご家族がアルツハイマー病と診断されたら、決して一人で悩まずに、周囲のサポートを積極的に求めましょう。
- 医療機関との連携: 医師や看護師、薬剤師など、専門家チームによる適切な医療を受けることが大切です。
- 介護サービスの利用: 介護保険サービスや地域の支援団体などを活用し、日常生活のサポートや情報提供を受けましょう。
- 家族会への参加: 同じ病気を持つ家族同士が交流し、情報交換や精神的な支えとなる場を持つことは、大きな力になります。オランダに発生ルーツを持つ認知症カフェは病気を持つ方、家族にとっても支えとなる場所になることもあります。
- 地域包括支援センターへの相談: 地域の医療・介護・福祉に関する総合的な相談窓口として、様々な情報提供やサービス調整を行ってくれます。
アルツハイマー病は進行性の病気ですが、早期発見と適切なサポートによって、ご本人とご家族がより穏やかな日々を送ることは可能です。
まとめ:アルツハイマー病を正しく理解し、共に歩む
今回は、アルツハイマー病の原因、症状などについて解説しました。アルツハイマー病は決して他人事ではありません。誰もが発症する可能性のある病気だからこそ、正しい知識を持ち、理解を深めることが大切です。
もし、ご自身やご家族に気になる症状がある場合は、ためらわずに専門医に相談してください。そして、アルツハイマー病と診断された方が、尊厳を持って安心して生活できる社会を、私たち一人ひとりが築いていくことが求められています。
参考文献
- 介護職員初任者研修テキスト 第1・2巻 編集制作:株式会社EE21
- 認知症の人にラクに伝わる言い換えフレーズ 著者:佐藤眞一
- 認知症の9大法則 50症状と対応策 著者:杉山孝博
- 認知症ケア指導管理士試験 公式テキスト 発行所:一般社団法人総合ケア推進協議会
- 認知症のお薬について 和歌山県立医科大学附属病院 認知症疾患医療センター https://www.wakayama-med.ac.jp/med/dementia/ninchisyou/medicine.html
- 抗アミロイドβ抗体(レカネマブ・ドナネマブ)について
編集・発行:東京都福祉局高齢者施策推進部在宅支援課/東京都健康長寿医療センター認知症支援推進センター
▪️この記事を書いた人▪️
有限会社タイガーライフ 副島 亮(ソエジマ リョウ) 若い頃からお世話になってきたお客さま方がご高齢になり、がんや脳血管疾患などの大病を患われてから、お会いする度にお身体が弱り、介護を必要とし、亡くなられていく光景に立ち会う日々が多くなりました。『私に何かお手伝いできることがないか?』と思い、介護・障害について勉強しています。